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雑誌「室内」がついに廃刊…
b0020525_11315127.jpg半世紀以上続いたインテリア雑誌「室内」が、615号目となる3月号で休刊することになるらしい…。
小難しくて値段の高い建築雑誌の中では、一般向けで読みやすくそして比較的安価だったんだけどなぁ。こういった歴史ある雑誌が廃刊となっていく一方で、次々と新しい雑誌が創刊するニッポンの出版界(えてして新しい雑誌はツマラナイ)。世界一の活字消費大国ニッポン。スクラップアンドビルドな世界だ。。消費者のニーズに答えるべくweb的なスピードで「新しいもの」を追い求めているんだろうが、果たしてそれが本当に望まれていることなのだろうか。
b0020525_11321832.jpgちなみに最近僕が必ず講読するようになった雑誌に、「クーリエ・ジャポン」があります。元々フランスの国際ニュース誌なんだけど、世界中のメディアから記事をピックアップし、政治・経済からサイエンス・環境問題・エンタテイメントまでを幅広くカバーするなんでも雑誌。昨今のライブドア問題にしろ、ニッポンのメディアは全体的にどうも同じ方向へ傾倒しがちだと思っていて、この雑誌には世界のメディアがどう見ているのかというのが書かれていて面白い。そもそも世界中のメディアから記者が選択して記事にするわけだから、その時点で既にフィルタリングはされているんだけど、「ワインから国際政治まで」がキーワードで集められた記事は読む価値あり。ちなみに、ブラジルのメディアからは、大衆新聞「O Estado de Sao Paulo」と、大衆紙「VEJA」の記事がよく載ります。
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by hayatao | 2006-01-30 11:28 | デザイン
公園暮らしが住所に認定
朝一で注目すべきニュースを目にした。

『公園暮らしに「住所」認める 「実体ある」と大阪地裁』
大阪市北区の公園でテント生活をしている男性が、公園を住所と認めないのは不当として、北区長を相手に転居届の不受理処分の取り消しを求めた行政訴訟の判決で、裁判官は「原告のテントは生活の本拠としての実体を備えており、住民基本台帳法でいう住所にあたる」と認定。
→ニュースへ

現在、日本国内には約2万3千人のホームレスが存在する(2003年厚生労働省調べ)。そのほとんどが東京や大阪などいわゆる大都市の"隙間"で細々と生活をしている人々だが、彼らの主な居住地は公園。東京では新宿中央公園、代々木公園、戸山公園などが有名だが、そのホームレスの数は年々増えていっている。

b0020525_11322841.jpg昨年、代々木公園で撮影。代々木公園には無数のこうしたテントハウスが並んでいる。仮設的な住居と言ってしまえばそれまでだが、見た目こそブルーシートでできているが、骨組みは建築現場の足場で作られていたり、角材が使われていたり、構造がしっかりした住居も少なくない。

b0020525_11401992.jpgテント村の中には住民たちが団欒をするような青空団欒室なるスペースもあって、一つのコミュニティを形成している。しかし、縄張りや上下関係は厳しい。

b0020525_1251557.jpg一般の人たちには読み流されてしまうニュースかもしれないが、この国のスラムクリアランス、いわゆる「一方的なホームレス排除」を実践してきたニッポンの行政に対する司法からの制裁だ。テント村の住民らは今までは不法で公園内の土地を占拠してきたわけだが、果たして今回の判決が土地の所有権をも獲得するにいたるのか…。そこまでは無理だろうが、公園を生活の本拠と認めたこの日の判決は、自治体のホームレス行政にも影響を与える可能性があるだろう。(左の写真は新宿西口の地下トンネル内。最近撮影したもの。かつて多くのホームレスがこのトンネル内に寝泊りをしていたが、行政は何の予告もなくある日突然このような意味不明なベンチとも何ともいえないオブジェを作り、ホームレスたちの寝床を排除した。彼らのケアは何もないままに。)


参考までにブラジルではMST(Movimento dos Trabalhadores Rurais Sem Terra:直訳すると土地無し農村部労働者運動)という組織があります。南米、特にブラジルですすめられた農業の機械化・近代化等によって、余剰農村労働力として多くの土地無し農民が生まれたことに対抗し、1970年代末から、ブラジル各地で土地無し農民・労働者による土地占拠が始まりました。その後、全国的に組織された運動として1984年に結成されたのがこのMSTという団体です。
大土地所有者や国有の未使用の農地を占拠し、ブラジル土地改革院(INCRA)による払い下げ等により土地を獲得することが彼らの主な活動内容。現在、MSTには約150万人の人々が参加しています。
MSTのサイトへ>>>
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by hayatao | 2006-01-28 12:04 | お建築
ホテル・ルワンダ
ルワンダ』。
その国がどこにあるか、そしてどのような歴史を辿ってきたか答えられる人は少ないだろう。
ただ「大虐殺があった国」と言えば、思い出す人が多いかもしれない。

僕の場合、友人のNくんがウガンダへ行っていたので、ルワンダはその隣に位置していたこと、そして以前民族間紛争があって大虐殺があったことだけは知っていた。が、その大虐殺の真相に関しては全く知らなかった。
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1994年にアフリカの小国ルワンダで長年続いていたフツ族とツチ族の民族間の争いが大虐殺に発展し、100日で100万人もの罪なき人々が惨殺された。この映画『ホテル・ルワンダ』では、その時の模様を、当時ルワンダの高級ホテルの支配人であったポール・ルセナバギナ(現在ベルギーに住んでいらっしゃるようだ)に焦点を当てて描かれたノンフィクションの映画だ。アメリカ、ヨーロッパ、そして国連までもが「第3世界の出来事」としてこの悲劇を黙殺する中、命を狙われていたツチ族の妻を持つポールは、行き場所のなくなった孤児や人々をホテルにかくまい、殺されゆく運命にあった1200人の命を救ったという実話だ。
ナチス党員でありながら1200人以上ものユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーになぞらえ、ポールは「アフリカのシンドラー」と呼ばれているが、時代背景のことを考えると、ルワンダの大虐殺は同時代を生きていた僕たちにとってはよりリアルに伝わってくる。

虐殺が起きた1994年。みんなは何をしてましたか?
僕は中学を卒業してブラジルから帰国。単身日本の高校で寮生活を始めたばかりの時でした。最初はたった一人だったけど友達はできたし、生活用品は買い与えられたし、サッカー部に入って何不自由なく高校生活を楽しんでいた。
そんな時である。地球の裏側で大虐殺が起きていたのは。。
当時、遠いアフリカの小国で民族間紛争が虐殺に発展したことを伝えるニュースがあったことは何となく覚えている。そしてその数年後、NHKスペシャルでルワンダの大虐殺が特集されていた。その時に流れた映像が死体がいたるところに転がっている模様で、この世のものとは思えない地獄絵のようなものだったので僕の記憶に残っている。
だが、そのNスペでは対立していたツチ族とフツ族の歴史の変遷を辿ることが主で、西欧諸国や国連がルワンダという国を見捨てたことをあまり伝えていなかった。

僕が思うにこの映画の最大のクライマックスは、難民キャンプと化したホテルに、ベルギーの国連軍が到着したシーンだ。ポール達はヨーロッパ諸国からの介入が来たことを喜んだが、彼らはポール達ルワンダ人を助けに来たのではなく、犠牲者の出ている国連兵士や職員、そしてルワンダにいる外国人を退去させるためだけにやってきたのだ…。それはつまり、世界がルワンダに背を向けたこと。
次々に国連のバスの中に乗り込む国連の職員やホテルに滞在していた外国人たち。それをただ呆然と眺めるしかないポール達ルワンダの人たち。外国人たちの中にはホテルに残って救助活動を続けたいという意志を持った人たちもいたが、軍隊によって強引にバスの中に押し込まれてしまう。個人の力や意志ではどうにもすることのできない、圧倒的な権力という力。権力is power。画家を目指していたヒトラーの青年時代を描いた映画「アドルフの画集」を最近見たが、画家から政治家(扇動家)へ転身過程にあったヒトラーがメモにこう書き記していたことを思い出す。「arts+politics=power」

この大虐殺の間、ルワンダから300万人もの紛争難民が国外へ流出したが、その時になって欧米諸国はようやく救援を開始し、人類史上最大の救援活動となった。

以前このブログでも書いたキリストの生涯を綴った映画『パッション』(→過去のブログ)でもひどく考えさせられたが、それ同等、いやそれ以上に考えさせられる映画なことだけは確かだ。

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この映画、実は当初は日本で全く公開予定がなかったそうですが、僕と同世代の青年によって日本公開が実現したようです。→「ホテル・ルワンダ 日本公開を応援する会

現在公開しているのは、東京では渋谷のシアターNか川崎のチネチッタ、幕張のシネプレックス10(予定)です。

ちなみに僕は渋谷で見ましたが、相当混んでます。1時間待ったにもかかわらず立ち見でした。2時間あるので立ち見はオススメしません…。早めに行ってチケットを買うのをオススメします。
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by hayatao | 2006-01-25 04:27 | 映画
吉祥寺のブラジル
b0020525_23222440.jpg東京では今シーズン初めての本格的な雪!ほら、都庁の上のほうは雲の中です。
でも今年は白川郷のあの豪雪を経験したので、なんてことはないのだ!

b0020525_2327564.jpg夕方から体に寒気が走り始める。やばい…と思いつつも、夜からは吉祥寺のブラジル料理屋さん「ALVORADA」にてブラジル仲間たちの飲み会へ参加。中には偶然5年ぶりくらいに会う方も。いやぁーほんとに世間は狭いものです。それとも狭い世界しか見てないだろうか…。セブンイレブンと妙にマッチしたお店の看板が目印です。吉祥寺駅からだいたい徒歩4分のところにあります。

b0020525_23325896.jpg店内は意外とこじんまりしていましたが、壁面に描かれた絵といい、天井に吊るされたFutebolのカミーザといい、何だか暖かい感じのする店内の雰囲気です。coxinhaやquibi、それにEsfiraをたらふく食べ、バチーダジココを飲んでご機嫌だったが、徐々に頭に熱がこもりはじめ発熱。一人でフラフラになりながら帰宅。これは完全に風邪だ。いやインフルエンザか…。
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by hayatao | 2006-01-23 00:07 | ブラジル
東京アテンド4日間~ブラジルから先生が来る #まとめ
17日から20日までの4日間、以前書いたリオのフルミネンセ連邦大学建築学部長のNireu先生を東京でアテンドしていたが、先生は無事に昨日成田を旅立った。
先生が成田を旅立った途端に、東京では今年初のちゃんとした雪が降っている。そういえば、先生が滞在時は、天気がよかった気がする。

b0020525_7172564.jpg今回のメインだった東京の建築巡りは東京タワーで始まり、新橋で終わった。途中訪れた主な場所は、迎賓館、皇居周辺、赤坂、銀座、汐留、六本木ヒルズ、お台場・有明、新橋。東京の前に京都で寺社建築は嫌と言うほど見ただろうから、東京では寺社建築以外、つまりバロック及びネオバロック建築から次世代のハイパーアーキテクチャーまで、時間幅にして19世紀から21世紀の3世紀の間に建てられた建築を3日間で見るという強行スケジュールを予定。JRと地下鉄、それに車を利用してどうにか予定していたところは回ることが出来た。
当初、Nireu先生は近代建築の先生であるので、その時代の建築を主にまわろうと思ったが、先生の希望により東京では主に現代建築を見ることに。先生が最も驚いていらっしゃったのが電通(設計:ジャン・ヌーヴェル)や日テレタワー(設計:リチャード・ロジャース)がある汐留シオサイトだった。いわゆる、いま東京で最も21世紀的な建築が建ち並ぶエリアだ。他の都市の状況をよく知っている先生でさえ、汐留のあの先進的なビル群には驚かれたのだろう。

b0020525_7175737.jpgまた、カリオカだけあって東京の海やビキニを着たジャポネーザが見たいというので、お台場へ。さすがにこの時期ではビキニの人はいなかったが、超ミニスカートの女の子を見て「Oi Garota de Ipanema!(イパネマの娘ちゃん!)」と声をかけていたあたり、さすが。。。
また今回のアテンドでは、ブラジル大使館のN書記官や、私の知り合いでブラジルで10年間設計事務所に勤めていらっしゃったN條さんの事務所にもお邪魔した。N條さんとNireu先生との会話の中で、共通の友人としてブラジル建築界の重鎮の名前がずらずらと出てきて、改めてすごい人たちを巡り合わせたんだなと実感する。

b0020525_7181729.jpgこの4日間、ポル語漬けだったため東京にいながらにして何だか不思議な感覚に陥ったが、それがまた心地よくもあり…。六本木のお好み焼き屋さんのママがブラジル人が来たのは初めて!と言っていたとおり、東京には意外とブラジル人が少ないのだ。(ちなみに日本のブラジルは愛知県豊橋、静岡県浜松、群馬県大泉が3大都市です。)先生が帰ってしまい、早くもサウダージ気味です…。

成田の別れ際に、次回はリオで再会することを誓いつつアブラッソ。この4日間はかなりバタバタだったけど、なにはともあれ楽しかった!アテンドに協力してくれたMちゃん、おつかれ!
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by hayatao | 2006-01-21 07:35 | ブラジル
東京アテンド4日間~ブラジルから先生が来る #01
先に書いたブラジルの都市に関する研究会出席のために来日した先生が東京にやってきた。リオにあるフルミネンセ連邦大という大学の先生なのだが、建築学部の教授のために僕に話がまわってきた。彼には先だって京都でお会いしてはいたのだが、あまりお話できなかったため、今日初めてゆっくりお話させてもらった。僕の親父よりも年上なのだが、とってもチャーミングでユーモアのセンスが抜群なオジさま。生まれはアラゴアス州(ブラジル北東部)と言っていたが、ビールっ腹といい、会話のセンスといい、カリオカにしか見えない…。

アテンド初日の今日は、東京駅のホームまでお出迎え。東京の街並みを見て、まず日本の街並みにゴミが少ないことにひどく感心されていた。それが普通の僕らニッポン人にとっては、むしろそのストリートが無味無色で退屈なものと思っていたのだが…。

その後ホテルにチェックインして昼飯。ちょうどヒューザー小嶋社長の証人喚問がテレビで生中継されていた。ブラジルではこのようなことは日常茶飯事なので、先生は特に驚きもせず。それにしても「お答えできません」一辺倒の小嶋社長には呆れた。

その後秋葉原へ。予想以上に反応がよく、予定を変更して今日のルートは秋葉原のみ。ガード下のパーツ屋さんをゆっくり通り、ヨドバシカメラへ。先生は巨大な店内をみて目を真ん丸くしながら「これが一つの店舗なのか?」とビックリ。リオでデザイナーをしている息子さんから依頼されたデジタルカメラと外付けHDDを購入。ブラジルではデジタル家電製品が恐ろしく高いのだ。先生はそのデジタルカメラがよほど気に入ったらしく、まずぶちゅ~っと口づけした後に、店内をバシャバシャ撮影。子供のようにはしゃぐ先生。おじさんになってもこうありたい。

秋葉原のカフェで一服。メイドカフェに行くのはさすがに止め、普通の小洒落たカフェへ。建築の話。僕が設計事務所へ所属していた時、毎月500時間くらい働いていたことを話すと、飛び上がったように驚かれた。

ホテルへの帰り際、八重洲ブックセンターによって建築の洋書本を探す。「建築MAP東京」の英語版がないか探してみたが、そのような類の洋書はないらしい・・・。これだけ東京の建築は熱いのに、英語本が少ないことに気づかされた。

久しぶりにポル語漬けな一日だった。いやぁーだいぶ忘れてるなぁ…。明日もがんばろっと。
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by hayatao | 2006-01-18 03:17 | ブラジル
20時間京都
ブラジルにおける都市問題関連の研究会出席と、招聘されたブラジル人先生のアテンドのためいざ京都へ。
京都といえば、大学2年の時に建築を見に貧乏旅行で訪れて以来だから、7年ぶりくらいだった。当時、まだ出来て間もない京都駅で野宿をしていたら、駅員にひどく怒られたことを思い出す。…今回は野宿ではない。時の経過を感じる。

b0020525_3365056.jpg京都駅到着~。7年前とほとんど変わってない。相当メンテナンスを頻繁にやっているのだろう。駅構内のあの巨大空間は今も健在。そして7年前にお世話になったバスターミナル横のベンチも健在。

b0020525_3414126.jpg京都駅からバスで30分ほど。研究会があった京都外大に到着~。校舎内に入ると、大勢の学生達の姿が。わいわいがやがや。何となく大学生活を思い出す。中を歩いてみると、やたら女の子が多いことにすぐ気づく。しかもみんな小奇麗にしていてカワイイ。日本の大学生って世界で一番お洒落に気を使っている学生なんじゃないかと思う。どうして外国語大学は東京にしろ京都にしろ女の子が多いんだろう…。やっぱ語学の才能は女性の方があるからなのか。。。
研究会の主は招聘されたブラジルの先生の講演だったが、ブラジルの近代都市計画の起源はベロオリゾンチだったという彼の論に感銘を受ける。

b0020525_35038.jpg研究会後の懇親会は大学近所の洋食屋「マリーアントワネット」。素晴らしいネーミング。でも料理は普通の食堂。ナイスセンス!その後、ブラジル時代の友人Mに会いに京都で唯一のブラジル料理屋「estrela」へ。鴨川沿いにあって立地は最高!でも料理は…。カイピリーニャは旨かったが。
その後二人で夜の京都を散歩。旅先案内人Mは、僕を素敵なところに連れて行ってくれた。夜の3時の祇園。なんて静かなんだ。そしてその静寂さが妙にすがすがしくて気持ちよかった。歩き疲れて朝の5時ごろホテルに到着。朝5時にチェックインする客はそういないぞと思いつつ。。

b0020525_3591519.jpg翌朝起きたら朝の11時。ううう、頭がいてぇ、、、。完全に飲みすぎた。本当は8時に起きて大徳寺へ行く予定だったんだが…。東京で予定があったので、そのまま京都駅へ向かって新幹線に乗り込む。
滞在時間20時間。電光石火京都。今度は遊びに行こっと。
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by hayatao | 2006-01-16 04:11 | お仕事
2006北陸の旅 【白川郷編】&総括
b0020525_7571256.jpg高速で金沢から白川郷へ!アスファルトは見えません。雪の轍がとっても綺麗!BGMはリップスライムの「楽園ベイベー」。でも、脳裏ではサザンの「希望の轍」。途中、除雪車が間に入り時速30kmで高速を走る。安全運転第一なドライブ。2mを越す雪が道路両側のフェンスになっていて、まるでそれはボブスレー選手になったような気分だった。

b0020525_757382.jpg到着した時には既に陽が落ちていた。暗くなった雪道は恐かった…。写真は白川郷の合掌造りの集落にあるメイン通り。積雪3mは嘘ではなかった!

b0020525_758158.jpg今日お世話になる宿"幸エ門"に到着。念願の合掌造りの宿です!昔からの趣を残しながら、防寒対策に床暖房が敷かれているとってもあったかい宿でした。宿のご主人、大谷さんは白川郷を心から愛していて、夕食後の団欒の時には熱く語ってくれました。

b0020525_758208.jpg宿の夕食。山の幸がメインですが、鮎の塩焼きもうまかった!夕食時には幸エ門の屋根の茅を葺き替える模様が記録されたビデオが上映された。

b0020525_7591567.jpg葺き替えは地元の人々を中心に共同作業で行われ、白川郷では旧来からその人々の結びつきを"結"と言っている。実は以前から僕が興味があったのは合掌造りの家もそうなのだが、それ以上にこの"結"という考え方だった。いわゆる相互扶助的な考え方で、ご主人曰くその考え方の発端は、物々交換や行為の交換と同じような考え方で始まったことらしい。セルフビルド(セルフヘルプ)による住宅建築に興味があって、ブラジルのスラムに行った僕にとっては、この"結"というコミュニティは、ブラジルに存在する"mutirao"にも通じるものがある。"mutirao"とは、スラムの住民がセルフビルドで住宅を建設する際に、親戚や周りの住民の手伝いを借りて建設していく行為(共同体そのもののことを言うときもある)のことをいうのだが、直訳すると相互扶助的自助建設といったところか。彼らは"結"と同じような考え方で貸し借りを「住宅を建設する」という行為で換算していた。
"結"と"mutirao"。うーん。なんだかすごく近い気がする。この2つをシンクロさせれば、きっと面白いことになるはず。ちょっとアイデアを暖めよう。

b0020525_7594032.jpg夕食後は暗くなった外を散歩。念願の白川郷に来て興奮!誰もいないメイン通りで恒例のカポエイラ!雪がつめてーーーー

b0020525_80214.jpg別の合掌造りの家の前で人力雪かき!

b0020525_803842.jpg「であい橋」。べたべたなネーミングがまたよい。雪の重みで橋が落ちないか心配しながら渡る。

b0020525_81434.jpg合掌造りの家より。ここもモノトーンの世界。

b0020525_812528.jpgそれではこの合掌造りの家の中に入りましょうかね…。急勾配の切り妻の屋根が特徴的。この屋根の形が合掌した時の手の形に似ているところから、合掌造りと言われるようになったと言われています。

b0020525_835997.jpg1Fの囲炉裏の間。合掌造りの家にとってこの囲炉裏の煙がとても大切な役割を果たしています。

b0020525_841865.jpg2F部分。小屋組みのこの巨大な空間は昔、養蚕の飼育場所として造られました。もともと構造上勾配の小さな屋根は作りにくい合掌造りだが、3層・4層という具合に養蚕棚の空間を大きく取るために、屋根がさらに高く切り立ったと考えられているそうです。先ほどの囲炉裏の煙は1Fの格子状になった天井から2Fに抜け、養蚕のために役立てられていたのです。

b0020525_843879.jpg数奇屋造りなどの伝統的な家屋で使われる和小屋が棟木や母屋を下から鉛直方向に支えるのに対し、合掌造りでは両側から『人』の字形に寄りかかった部材が棟木の点で交差する形状となっています。これは一般に扠首(さす)構造と呼ばれ、トラス構造であり、梁材に与える曲げモーメントを低減し、引張力に集中させるという点で、木材の性質上、優れた構造だとのこと。なるほど。ちなみにこの家の内部が妙に黒光っていますが、これは囲炉裏の火から出てくる"すす"が付着したものです。この家独特の匂いをお伝えできなくて残念…。

b0020525_845642.jpgこの家を守る茅。重ね合わさり全部で50,60cmの厚みがあります。ちなみに"結"による茅葺屋根の葺き替えは、30年から40年に一度行われるとのこと。

b0020525_851734.jpg集落を展望台からのぞむ。雪で埋もれているのがよくわかります。残念ながらライトアップは時期的に逃してしまったけど、期待以上に多くのものを勉強させてもらいました。ニッポンの誇れる財産です。






【北陸の旅を終えて…】
たった3日間ながらフル活動した北陸の旅。やはり白川郷が圧倒的に印象に残ったが、金沢の街も加賀100万石時代の趣を残したものが所々に見られ、日本の歴史の重みを改めて感じた旅だった。普段東京にいると「新しいものを…」ばかり考え、それを求めて生活しがちになるが、古いものに囲まれ、それを愛し、伝えていくことのほうが実は全然難しいことなんだと思う。それを実践している人の生き様を垣間見て、「なんだ。すごくカッコいいじゃんか」と。。
「日本の素晴らしさはやっぱり数千年の歴史だ。」日本通なブラジル人が以前こんなことを言っていたのをふと思い出した。
今回の雪は生涯でも初めてというくらい、もーれつに降っていたが、やっぱり僕は寒いところはダメです…。炬燵に熱燗よりは上半身裸にビールの方がいいす。
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by hayatao | 2006-01-12 12:29 |
2006北陸の旅 【金沢編】
年末からブラジルに行こうと思っていたが、1週間くらいの滞在じゃやっぱりもったいないと思い直し、今回のブラジル行きは断念。
その代わり、以前からずっと行きたかった北陸へ行くことにした。目的地は金沢と白川郷。2泊3日のスケジュールで北陸の雪、自然、建築、アート、そして人々を満喫。
その模様を2回に渡って写真でレポートしまーす。
今回はまず1日目に滞在した金沢です。

【金沢編】
b0020525_0282885.jpg羽田発ANAで小松空港へ。眼下には真っ白の雪景色!これぞ北国!東京にいるとこういう地形に鈍感になるよなぁ。地形的貧困っていうか何というか…。

b0020525_0382920.jpg金沢滞在のメインは2004年の年末に完成した21世紀美術館を見に行くことだった。SANAA(妹島和世+西沢立衛)の設計によるこの美術館は、建築界のみならず、美術界でも注目されたものです。ちなみにこのオレンジのロゴは佐藤卓氏によるデザイン。そういえば、佐藤さんとはサンパウロでちょこっとお話したことを思い出す。このロゴも佐藤さんらしい。

b0020525_0531098.jpg辺りは雪一面のなか、やわらかくのっぺりと白い大地に根を張ったような美術館。雪の下には色鮮やかな緑の芝生が広がっているはずだが、この雪景色も妙にマッチしている。

b0020525_173163.jpg中に入りさっそくベンチに腰を下ろすと、外にいるのでもなく中でもない不思議な感覚に陥り、しばしベンチでボーっとする。。内部は白で統一されたような空間。そして雪が積もる外部も白い。"白"という無色の連続が内外の曖昧さを強調させているんだろう。ブツブツ。夏に来たらまた違った感情を喚起させるんだろうなぁ。一面が緑の芝生だから浮かび上がったような感覚になるのかも。

b0020525_11383.jpg美術館で行われていた展覧会「Alternative Paradise~もうひとつの楽園」を見て回る。主旨などは省略していわゆる現代美術展だが、これが意外にも面白かった!一番上の案内図を見てください。美術館内部には展示室がランダムに配置されているのが分かると思います。ここがミソで、各作家ごとに展示室が分かれているのが、普段単調になりがちな美術鑑賞にメリハリをつけてくれている気がしました。僕なんか作品数が多いと途中でダラダラになってしまうんだけど、今回は展示室の合間合間に空間的な気分転換(?実際休憩用のイスがたくさん置いてあった。このイスたちがまたカワイかった。)があったので、不思議と疲労感はあまりなかった。作品No.1はレースや布、髪などの素材を使って独特な世界観を表現していたアン・ウィルソン。それに次ぐ作品は、隈さんプロデュースのT-roomの中にあった原研哉さんのTSUKUBAI。超撥水加工を施した掛樋やつくばいの上を水がコロコロと球のように転がり落ちていくという明快な仕組みは、すごーく原さんらしい作品。※ただし1200円という入場料は高すぎ。。。

b0020525_152421.jpg展覧会場から出て美術館内をウロウロ。展覧会場以外のスペースは一般に開放されており、無料で入ることができる。が、時間が遅かったからなのか、人がまばら。フロアーはツヤのあるモルタル。そしてなかなかない広いスペース。こうくれば、カポエイラしかないでしょう!一人カポエイラで記念撮影!!

b0020525_1555393.jpg金沢の代名詞"兼六園"ももちろん鑑賞。冬の兼六園はモノトーンの世界。水墨画の中にいるみたいだった。水戸の偕楽園は以前行ったことがあるから、残すは岡山の後楽園だ!!

b0020525_245419.jpg金沢三茶屋街の一つ、ひがし茶屋街。ここだけ映画のセットみたいに作られすぎていたが、どの店もセンスが光っていた。

b0020525_2135186.jpgひがし茶屋にある"志摩"というお茶屋さんの内部。1820年に建てられたこの茶屋は、建築以来ほとんど手を加えられていないらしいが、いたるところに贅を凝らしてあった。お茶は文化だと再認識。

b0020525_2243721.jpg初日の夕飯は地元の飲み屋さん"満まるまる"。親子二人で切り盛りしているお店で、観光客だと分かると親身になって料理を説明してくれた。写真は北陸の特産物"香箱蟹(コウバコガニ)"。香箱蟹とはズワイガニの雌なのだが、身がたっくさん詰まっていてうますぎ!!!

b0020525_2331334.jpg同じく北陸名物"丸イモ"。サトイモと似ているが、食感がもっと粘り気があった。イモの中では高級食材らしい。これもうまい!!!常連さんとも意気投合し、"手取川"という日本酒をプレゼントされる。これもまた美酒!結局閉店まで盛り上がった。ありがとうママ。

というわけで、金沢編は以上。次回は白川郷編を…。
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by hayatao | 2006-01-11 02:39 |
年賀状届けます
今年は時間がなくてメールだけにしようかと思った年賀状。
でもかれこれ7年くらい作り続けているので、一転して年が明けてから制作。
今年のデザイン一発目。

mixiのみなさん、住所が分からない方にはこれ↓で新年のご挨拶とさせていただきまーす。
b0020525_10214588.jpg

今年は戌。
匂いに敏感になるぞーーーーー。

年始の挨拶用にブラジルのe-cardを見てみたけど、デザイン的に面白くないんだよなぁ…。
何が面白くないって毎年同じだしさ。
やっぱ日本は十二支があるからデザインしやすいんだな。改めて思ふ。
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by hayatao | 2006-01-05 10:26 | デザイン



「すべての道はブラジルに通ず」リオ育ちの日本人による徒然日記。ブラジルの建築・デザイン・サッカー関連のことが中心です。建築設計事務所での修行を終え08年12月よりサンパウロ勤務。カステラ工房主宰。
by hayatao
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「Save the 下北沢」Save the 下北沢
僕は世田谷区による下北沢再開発計画を断固として許さない!ブラジル南部の環境都市、クリチーバ市の元市長のジャイミ・レルネル氏も代替案を提案しています。

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