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大男ジャイミ・レルネル
10月23日(土)
当初の予定では、上智大学で行われる「人間都市クリチバ」の著書、服部圭郎さんの講演会に行く予定だったが、クリチバの元市長で現国際建築家連合会長のジャイミ・レルネル氏がワークショップを行うという情報が入り、急遽予定変更で横浜へ。
「第1回横浜都市景観形成研究会 サステイナブル・シティの都市景観~クリチバと横浜~」
という何とも役所が企画するネーミングが付けられていたが、会場となる横浜BankART 1929馬車道に到着すると、入り口にはスーツ姿の真面目そうな係員が2、3名、受付にはこれまた真面目そうな受付嬢が2名。「レルネル氏と話がしたい」…単純な軽いのりで来たはずだったが、どうやらこれは研究会という名がつく真面目路線なイベントなのだと承知して、いざ会場内へ。開始ぎりぎりに入ったせいか、会場内の席はほぼ満席だったが、ラッキーなことに一番前が空いていた。プレゼンター席にはレルネル氏が既に着席しており、その隣には南條さんが講演者兼通訳として座っていた。南條さんはブラジルで10年近く建築家として働いていた方で(所属事務所はあのJoaquim Guedes氏)、僕もブラジルに行く前にお話を聞かせて頂き、それ以後何度かお世話になっている方だ。南条さんは純粋な日本人だが、ああしてブラジル人の隣でポルトガル語をぺらぺら話していると、もう彼はブラジル人そのものだ。
3時間半に及ぶ講演会とワークショップだったが、役所が主催するつまらないワークショップにならなかったのは、レルネル氏の場を和ます会話と彼が醸し出すオーラによるものだった。途中30分ほどあの派手派手横浜市長、中田宏市長が来てレルネル氏とディスカッションしていたが、僕はすっかり中田市長のド派手なピンクのネクタイと同色系のワイシャツに目がいってしまい、何を話していたのかさっぱり聞いていなかった。
レルネル氏は盛んに「街に対して市民がそれぞれ個別なアイデンティティーを抱けるような環境になくてはならず、行政はそれを目に見える形(デザイン)で街中にリファレンスをたくさん設けなければいけない」と言っていた。つまり、どれだけ市民が自分の住んでいる街を「我が街」として感じ、イメージできるかということを言いたかったのだろう。住み手の98%が自分の街を誇りに思っているといわれるクリチバ市。その市長が言う言葉だからこそ強い説得力があった。またレルネル氏は横浜のことを盛んに"Entrada do Japao(日本の入り口)"だと言い、もっと横浜はそういうアイデンティティーを前面に打ち出すべきだとも言っていた。横浜と言えば「みなとみない」、「洋館」くらいしか乏しい想像力がなかったが、たしかに横浜は文明開化の先駆けとなった場所でもあるのだ。レルネル氏の歴史を重んじる思想がここでも反映されていた。
終了後、忙しそうに別会場へ移動する南條さんに挨拶し、続いてレルネル氏を捕まえる。質問することが山ほどあったのだが、そんな時間もなく結局自分が何者でどうしてポルトガル語が話せるのかくらいのことしか話せなかった…。最後に写真を一緒に取らせてもらい、握手をして市役所の職員にせかされるように去っていってしまった。うーん無念・・・。もっと話がしたかった…。いつか必ずレルネル氏と再会を果たしてやる。クリチバへの思いが益々強くなった一日だった。
終了後は久しぶりに中華街へ。羽振りが良かったのでコース料理を頂いた。友人からの電話で新潟で大地震が起こっていることを知る。ワークショップ途中、地震が起きて1929年築の洋館をリノベーションして作られた会場が音を立てて揺れたのはこのためだったのだ。東京でも携帯が繋がらなくなり、非常事態の携帯の脆弱さを思い知った。
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by hayatao | 2004-10-24 01:37
ニーマイヤーという天才
昨夜の台風が影響してか、今日は晴れていたにもかかわらず、なんだか湿っぽい一日だった。仕事でweb制作の案件を終電までやって、何とかあげることができた。最寄り駅の田町駅まで猛ダッシュ。電車に乗るためにあんなにダッシュしたのは久しぶりだった。サッカー以外でダッシュする機会はほとんどなかったが、夜中の街中を一人で猛烈にダッシュするのも意外と楽しい。ダッシュだけどスキップしているような、そんな愉快な気持ちでいっぱいだった。
サンパウロ在住の友人からもらったブラジル建築界の重鎮オスカー・ニーマイヤーの展覧会向けパンフレットを電車の中で読み始めた。今年の春に発売されたニーマイヤーのDVDで初めて彼のパーソナリティーを映像としてみたのだが、そのイメージがあまりにも鮮烈で、活字を読みながらもあの独特な、超個性と言うにふさわしいオーラに包まれているような感じがした。それにしてもあの人のデッサンは天才的だ。特に女性の曲線美を描かせたら並みの画家では歯が立たないだろう。コルビュジエが感性と理論で世界の巨匠にのし上がったとすれば、その弟子であるニーマイヤーは感性のみで巨匠になったといえるだろう。
Ele eh carioca mesmo......カリオカ的建築スタイル=ニーマイヤー建築と名付けよう。長生きしてください。
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by hayatao | 2004-10-22 03:46
ゆく夏くる冬
10月16日土曜日

今日は夜から自宅でBBQを開催。数日前までブラジルを旅していた友達のお土産でブラジル直産のカシャッサがあるというので、夏は過ぎたけれども屋外で肉を焼くことにした。
集まった人数は8人。突然決まったBBQの割にはたくさんの人数が来てくれた。肉は本当は浜松のブラジル人が経営する肉屋さんに注文したかったが、あまりに急に思いついた企画だったため間に合わず、仕方なく地元下北のピーコック隣りの肉屋さんで安肉を大量に購入。最低でもBBQ用の肉は肉屋さんで買いたかったのだ。炭火で焼くとそれなりの味になるから不思議だ。まぁ本当はピッカーニャとか焼きたかったんだけど…。数時間前に思い付きで作ったCDケースを再利用して作った10個の照明器具の中に置かれた蝋燭の灯火がゆらゆらと揺れ、冷たい風を少し暖めてくれたようで、ゲストのみんなからもなかなか好評だった。
しかし外で数時間もBBQをやるにはちょっと寒さが厳しく、女の子たちが寒がりだしたので、肉と少しの野菜を焼き上げ、焼きそばで締めると室内へ移動。二次会からようやくお土産のカシャッサを投入。銘柄を見るとVALE VERDEだった。以前ミナスで飲んだことがあった。栓を開けると51とはわけが違う香りが部屋中に漂う。これだ。これが本物のカシャッサの香りだ。高級なカシャッサはストレートで飲むのが一番であることは分かっていたが、カシャッサ初体験のゲストにはちょっときついため、ライムと氷と砂糖を混ぜてカイピリーニャで飲んでもらった。残念なことにみんなあんまり飲みが進んでいないようだった…。やっぱりVALE VERDEは癖が強いのだろうか?よくわからんが…。
深夜0時を回り、残った面子で朝までやっている下北のカフェへ。ちゃぶ台を5人で囲み、朝まで語る。僕は途中でまぶたが閉じてしまった。
もうそろそろ鍋の季節だ…とつくづく感じた一日だった。なんだか楽しみ半分、悲しさ半分な気持ちだ。
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by hayatao | 2004-10-20 03:05
一人のブラジル人が僕に与えてくれたサウダージ
ここ1週間は目まぐるしく忙しかった。

10月7日~11日 TDB(東京デザイナーズブロック)

仕事でTDBへ出品。会場は表参道の雑貨屋WISE・WISE。展示会場の設営と撤去のみならず、9日にはTITLEとのタイアップしたシンポジウムもあったため、二重苦的に忙しかった。台風の影響でイベントの前半はお客さんの入りが悪かったが、最終日はかなり盛況だった。友達も数人来てくれた。自分にとって初めてのTDB。結局仕事で他はほとんど回れなかったが、友達によると今年は六本木の芋洗坂が熱かったらしい。来年はほかを回ってみるか。それにしても仕事中は渋谷表参道周辺を歩き回る機会が多かった。テナントが目まぐるしく入れ替わり、新しい店がどんどん出来上がっている。人が集まり続ける限り、更新され続ける街、渋谷・表参道界隈。僕にとっては何でもありで何だかうそ臭いTDBよりは、現実の行き続ける街、更新され続ける街の方がよっぽど面白い。果たしてTDBを渋谷・表参道でやる意義がそこまであるのだろうか。テナントの空室率が目立つ八丁堀界隈のCET(セントラルイースト東京)のイベントのほうが意義があるように僕には思えるのだがどうだろうか。

10月10日 ジョアン再来日

去年は2日間大枚を払って生音を聞きに行ったが、今年は一日だけ行くことにした。その一日もTDBと重なってかなり危うかったが、何とか時間をやりくりしてライブ会場となる東京国際フォーラムへ間にあう。こういう時こそ遅刻魔ジョアンに感謝しなくてはいけない。
さて、問題のライブ。席が去年よりもだいぶ後ろだったため、ジョアンがpequinininho de mais だった…。個人的には今年は去年の初来日ほど興奮はせず、ゆっくり落ち着いて、時には居眠りをしながら聞くことが出来た。序盤は去年聞けなかったレパートリーを展開。きっとこれはジョアンの気遣いだろう(?)。居眠りをしながら中盤に差し掛かったあたりで、お決まりの空白タイム。ジョアンはギターを抱えながら何もせず、少しうつむき加減で静止してしまう時間。ただ観客の拍手が鳴り響くだけの時間。今回は10分ほどだっただろうか。そのとき僕はジーっと米粒ほどの大きさのジョアンの顔を眺めていたら、どことなく微笑んでいるような気がした。演奏している最中からもジョアンがすごく乗っていて(事実、左膝はいつもよりもさらに激しく揺れていた。)、本当に日本の地で演奏できることを楽しんでいるような気持ちが伝わってきた。
演奏を聴きながらブラジルで聞いたジョアンのライブと、日本で聞くジョアンの声とギターをシンクロさせてみる。単純に演奏だけ比べてみると、日本公演のときのほうが明らかにジョアンは乗り乗りで、曲のレパートリーもたくさん披露してくれる。…でもやっぱりブラジルで聞いたときのほうが、自分にとっては馴染んでいたというか、フィット感があった。今回ジョアンの演奏にはかなり酔ったが、最終的にはパッとせず違和感が残った。それは一体なんだったのだろうか。
ブラジルで行うジョアンのライブでは酒と食事をしながら聞くタイプが多いため、日本のように変な緊張感がない。だからといって、騒がしいわけでもなく、ほどよい静寂さでジョアンのライブを楽しむことができる。観客もジョアンを「神様」として祭り上げている様子はなく、ジョアンの短いトークにはちゃんと観客からツッコミが入ったりして、コミュニケーションが取れる身近な神様なのだ。…でも一辺倒にライブ会場の雰囲気や観客のせいでもない。これはもう風土性とかいう難しい問題じゃなくて、フィーリングの世界なんだろう。

以前、文化人類学者の今福龍太氏はこんなことを言っていた。

「ブラジルの人間は定期的にMatar Saudadeしなくてはいけない人種ですね。」

「Mater Saudade」
ブラジル人はよくこのフレーズを使う。僕がブラジルから帰国するときにも、随分多くの人からこの台詞を言われた。直訳すれば「郷愁を殺す」になるが、Saudadeと言う単語はポルトガル語以外に存在しない単語だと言われているので、明確に日本語に訳すことは出来ない。それを踏まえた上で説明すると、人にとって「故郷に帰る」、つまり「帰郷する」ことは何か特別な意味を持っている。そして帰郷した際に感じる気持ち、安堵感。その安堵感こそが「Matar Saudade」であると僕は理解している。

日本でブラジル人と話しても決してSaudadeが解消されるわけではないし、ブラジル人のアーティストのライブを日本で見ても然りだ。
きっと今回のジョアンのライブがどこか自分にフィットしなかったのは、自分の中にブラジルに対するSaudadeが飽和状態になっているからだろう。僕の中ではジョアンはボサノバの神様というよりは、一人のブラジル人というイメージであり、さらにジョアンが歌う歌詞を聞いていると、まっすぐに思い浮かべるのがブラジルでの風景や情景だ。つまり「ブラジルなくしてジョアンなし」なのだ。

あーーーまた、後天性サウダージ症候群とでもいうべき病気が発症してしまった。
もういい加減に一度旅行でもいいからブラジルに戻らなきゃ…。

Matar Saudade......

ちなみに聞くところによると最終日は、日本にささげる曲を一曲披露したとか…。来年は最終日だな。。

10月10日ジョアンライブ 曲目 @東京国際フォーラム

1. Nao Vou pra Casa
2. Pra Machucar Meu Coracao
3. Voce Vai Ver
4. Milagre
5. Disse Alguem
6. Marca na Parede (Ismael Netto-Marcio Faccini)
7. Eu Sambo Mesmo
8. Nova Ilusao
9. Um Abraco no Bonfa
10.Sem Voce
11.Acontece Que Eu Sou Baiano
12.Estate
13.Ligia
14.Aguas de Marco
15.So em Teus Bracos
16.Odete (Herivelto Martins - Dunga)
17.Retrato em Branco e Preto
18.A Felicidade
19.Este Seu Olhar
20.Wave
21.Mulata Assanhada
22.Foi a Noite
23.Pra Que Discutir com Madame
24.Meditacao
25.De Conversa em Conversa
26.Samba de uma Nota So
27.Desafinado
28.Chega de Saudade
29.Insensatez
30.Bolinha de Papel
31.O Amor em Paz
32.Tim Tim por Tim Tim
33.Garota de Ipanema
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by hayatao | 2004-10-16 11:53
同窓会
10月2日(土)

夕刻からリオデジャネイロ日本人学校時代の同窓会があった。同窓会とっても4学年をまたいでの同窓会。
一次会はすっかり有名になったブラジル料理屋「バルバッコア」にて。土曜日ということもあって、店内は混み混み。ウェイターが日本人だらけ、さらにテーブルを担当した坊主のウェイターが愛想が悪くてがっかりする。なぜああいう無愛想なウェイターがブラジル料理屋で働けるのか。肉だけを売っているだけでは、いくら立地が良くてもいずれ廃れるはずだ。まぁそんな偽のブラジル料理屋はもってのほかつぶれて欲しいけどね。…でも肉自体は以前よりも美味しく感じた。特にピッカーニャは旨かった。
それはさておき、懐かしい面々。中には10年ぶりの再会を果たした者もいた。当初は「5人くらい集まれればいいや…」と思っていたが、蓋を開ければ人数は20人を数えていた。一学年10人前後だった当時の生徒数を考えれば、かなりの数が集まってくれた。僕は幹事を任されたが、いい加減だったにもかかわらず、みんなが気軽に来てくれてよかった。
2次会は正方形のテーブルをみんなで囲みながら杯を交わす。うーーん。みんな、よく見るとちっとも変わってない。でも残念ながらみんなからブラジル臭は臭わなかった…。結局はみんなブラジルに好き好んで行ったわけではなく、親の都合で行ったまでだからなぁ。そこは日伯とは大違いのところだ。ちなみに20人の中で再びブラジルに戻ったのは、3人ほどだった。
終電を逃し結局朝まで飲み明かす。生存者は10名弱。重いまぶたを頑張って開けながら家路についた。
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by hayatao | 2004-10-05 03:02 | ブラジル
TDB
来週からいよいよ東京デザイナーズブロックが始まる。
仕事として関わらなかったら、全く興味のなかったイベントだったかもしれない。
もちろん今まで行ったことがなかった。
それがちょっとしたきっかけで、今ではそのイベントで出展しようとしている。
なんとも不思議。そして偶然。
まだ始まったわけではないので、どんなハプニングが待っているかもわからない。
でも今言えることは、少なくともこのイベントは一部の間ではすっかり定着しているイベントなのだろう。
このイベントで最大に面白いのは、アーティストや企業が特定の場所(たとえば幕張メッセ)に集まって展示会を開くのではなく、あくまで東京という都市内に散在するショップやギャラリー、空地などで展示を行うことにある。つまり鑑賞者(アートを楽しむ者)は、一定の場所に閉じ込められるわけではなく、街を歩く感覚で気軽にアートと接することが出来る。今までアートは街によって消費され続けてきたが、このイベントではアートによって街が使われている。普段ではなかった逆転現象が起きるのである。そこまで言ったら言い過ぎか…。

「TDB」の略称で語られるこのイベント。
果たして見せる側として、どんな経験をするんだろう。
その前にイベントが始まるまでが大変だなぁー。b0020525_365558.gif
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by hayatao | 2004-10-01 03:07



「すべての道はブラジルに通ず」リオ育ちの日本人による徒然日記。ブラジルの建築・デザイン・サッカー関連のことが中心です。建築設計事務所での修行を終え08年12月よりサンパウロ勤務。カステラ工房主宰。
by hayatao
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★web制作から撮影、インテリアデザイン、建築設計までカステラ工房ではトータルにデザインを承ります。
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「Save the 下北沢」Save the 下北沢
僕は世田谷区による下北沢再開発計画を断固として許さない!ブラジル南部の環境都市、クリチーバ市の元市長のジャイミ・レルネル氏も代替案を提案しています。

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