今日はセナの命日です
5月1日といえば、音速の貴公子、Ayrton Senna da Silva(アイルトン・セナ)の命日。
1994年5月1日、サンマリノGPのタンブレロコーナーに時速200km以上で激突し、命を落としたセナ。
僕はちょうどリオから帰国したてで、高校の寮でたった一人レースの生中継を見ていたが、
激突からわずか数時間後に亡くなったことをニュースで聞いた。

あの日以来、F1への興味はなくなり、見ることはなくなってしまった。

僕がセナが眠る地、モルンビー墓地(Cemiterio Morumbi)に訪れたのはそれから8年後の7月だった。モルンビーと言えばいわゆる中流以上のお金持ちが住む住宅街。墓地の周辺には警備員が門番をしているゲーテッドコンドミニアムがたくさんあります。
墓地の近所でお供え用の花束を買った後に売店に立ち寄ったら、店員が「セナの墓地を訪れに日本人がよく来るんだぜ。わざわざ日本から来るんだぜ?信じられるか?」ということだったが、日本でのセナ人気を考えれば不思議な話ではないし、ブラジルのガイドブックにもちゃんとモルンビー墓地は掲載されているのだ。今後ポルトガル語ができない日本人が訪れた時のために、店員の彼に片言の日本語を教え、いざセナの墓地へ。

b0020525_142216.jpgブラジルは7割がカトリック教徒であるため、ほとんどが土葬。このモルンビーも土葬の墓地だ。緑の芝生に墓標がポツポツ点在している光景は日本ではなじみがないですね。
b0020525_1532065.jpg「セナの墓地の周りには花束が絶やされることはないから、すぐ見つかるわよ」と墓地の係の人に言われたが、実際にはテープが張られ、迷うことなくたどり着けました。花束の中には「セナ、僕たちは5度目のチャンピオンになったよ。」というメッセージもあった。(訪れたのがちょうど2002年ワールドカップでブラジルが優勝を決めた直後だったため。)
b0020525_2224827.jpg墓地にある他の墓標と何ら変わりませんが、墓標には一文こう書かれてあります。「NADA PODE ME SEPARAR DO AMOR DE DEUS(神の愛とともに眠る)」。

夢にまで見た英雄、セナに最も近づいた日。感極まってしまい、なかなかそこから離れることができなかった。

Ayrton Senna da Silva、享年34歳。今年で12周忌になる。どれだけ時間が経とうとも5月1日という日、そしてセナの存在は忘れられない。
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by hayatao | 2006-05-01 02:21 | ブラジル
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「すべての道はブラジルに通ず」リオ育ちの日本人による徒然日記。ブラジルの建築・デザイン・サッカー関連のことが中心です。建築設計事務所での修行を終え08年12月よりサンパウロ勤務。カステラ工房主宰。
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